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民法改正(債権関係)の概要
平成29年5月26日に「 民法の一部を改正する法律 」が国会で可決・成立し、同年6月2日に公布され、来年の2020年4月1日から施行されることが決定しました。
民法の債権関係の規定(契約等)は、明治29年(1896年)に民法が制定された後、約120年間ほとんど改正がされていませんでした。
この間、我が国の社会や経済は、様々な面で大きく変化していますので、取引に関する最も基本的なルールを定めている民法の規定を現在の社会や経済の変化に対応させる必要がありました。
また、民法が定める基本的なルールの中には、裁判や取引実務で通用していても、条文からは読み取りにくいものが少なくなく、法律の専門家でない国民一般にとって基本的なルールが分かりにくい状態となっていました。
そこで、民法のうち債権関係の規定について、取引社会を支える最も基本的な法的基礎である契約に関する規定を中心に、社会や経済の変化への対応を図るための見直しを行いました。
また、民法を国民一般に分かりやすいものとする観点から、実務で通用している基本的なルールを適切に明文化することとしました。
今回の改正によって、約120年ぶりに債権や契約に関する規定が抜本的に見直されたことにより、不動産賃貸借の分野にも大きく影響する内容も含まれています。
つまり大家さんであれば、今回の民法改正のうち不動産賃貸借についての改正は知っておかなければならないことになります。
まずは、今回の主な改正をみた後、不動産賃貸借に影響する分野の改正を見ていきたいと思います。
主な改正項目
まずは主な改正項目からみていきます。今回の改正民法は、社会や経済の変化への対応を図る観点から、主として次の項目が改正されました。
時効期間の判断を容易化するために、業種ごとに異なる短期の時効を廃止し、原則として「知った時から5年」に統一しました。
【第166条関係】
法定利率についての不公平感を是正するために、法定利率を現行の年5%から年3%に引き下げたうえで、市中の金利動向に合わせて変動する制度が導入されました。
【第404条関係】
安易に保証人となることによる被害の発生を防止するため、事業用の融資について、経営者以外の保証人については、公証人による意思確認手続を新設し、一定の例外を除き、この手続を経ない保証契約を無効としました。
【第465条の6~9関係】
取引の安定化・円滑化を図るために、保険や預貯金に関する取引など、不特定多数を相手方とする内容が画一的な取引 (定型取引)に用いられる「定型約款」に関する規定を新設し、定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたときは、相手方がその内容を認識していない場合であっても、個別の条項について合意をしたものとみなしますが、信義則(民法1条2項)に反して相手方の利益を一方的に害する条項は無効と明記されました。
【第548条の2~4関係】
意思能力(判断能力)を有しないでした法律行為は無効であることを明記しました。
【第3条の2関係】
将来債権の譲渡(担保設定)が可能であることを明記しました。
【第466条の6関係】
賃貸借終了時の敷金返還や原状回復に関する基本的なルールを明記しました。
【第621条、第622条の2関係】
不動産賃貸借に関連する改正項目
次に今回の改正民法により、不動産賃貸借分野にどのような影響があるのかについて、賃貸人である大家さんの立場から、特に注目すべき点等について列挙したいと思います。
主な改正項目のうち、不動産賃貸借に関係のある項目は、③保証と⑦ 賃貸借契約になります。
保証人についての極度額の設定
改正民法では、個人の根保証契約について極度額の設定が義務付けられました( 改正民法465条の2 )。ここで、極度額とは根保証の上限額のことです。
賃貸借契約では、家賃等の借主の債務を担保するために、個人の保証人をつけることがあります。
その場合の保証人との契約は、個人根保証契約( 債権者と主債務者との間の不特定債務につき個人が保証する契約 )になりますが、今回の改正で、個人根保証契約については極度額を定め、書面等で契約しなければ効力が生じないとされました。
現行民法でも貸金等個人根保証契約( 貸金債務等を個人が根保証する契約 )については、書面による極度額の設定が義務付けられていますが、保証人保護の観点から、今回の改正民法で賃貸借契約等の個人根保証契約についても拡大されたことになります。
つまり、不動産賃貸借の実務に与える影響としては、個人の保証人をつけるときは、必ず契約書に極度額を記載しなければならなくなります。
なお、極度額の金額設定については、法律上特に決まりはありませんので、保証人との合意に基づき自由に決めることができます。
ただし、極度額が高すぎますと、保証人となる人が見つからなくなる可能性が高くなりますので、実務上はその点を考慮して極度額を設定する必要があります。
借主の保証人に対する情報提供義務
改正民法では、新たに事業のために生じる債務の個人保障につき、主債務者(借主)から保証人への情報提供が義務付けられました( 改正民法465条の10 )。
たとえば、会社や個人事業主がオフィスや事務所を借りる場合において、その会社の経営者以外の役員や親族等に対し、個人として保証人になることを依頼するときには、借主は、借主自身の財産や収支、債務の状況、また担保として提供するものがあるかどうか等につき、その個人保証人となる者に対し、説明をしなければなりません。
これは、借主の義務ですが、賃貸人である大家さんにも大きな影響を与える可能性があります。
なぜなら、借主がこのような説明を怠ったり、事実と違う説明をした場合において、大家さんが借主が情報提供義務を果たしていないことを知っていたり、知ることができたときは、保証人はその保証契約を取り消すことができるからです(改正民法465条の10 )。
なお、借主が個人保証人に対し情報提供義務がある具体的項目は、以下のとおりです。
・借主が賃貸借契約で負担している債務以外の債務の有無並びにその額及び履行状況
・借主が賃貸借契約における債務の担保として大家さんに提供し、または提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容
大家さんの修繕義務と借主の修繕権
改正民法では、借主の責任で賃貸物の修繕が必要となったときは、大家さんは修繕義務を負わないことが明文化されました( 改正民法606条 )。
また、現行民法では大家さんの修繕義務についての規定があるのみですが、改正民法では借主の修繕権が規定されました( 改正民法607条の2 )。
具体的には、次の場合に借主による修繕が可能となります。
・急迫の事情があるとき
今回の改正民法では、借主が賃貸目的物に修繕権を有することが明文化されましたが、「賃貸目的物」とは、アパート賃貸借であれば、その目的物はアパートの居室ということになります。
つまり、借主は、大家さんの所有物であるアパートの居室を修繕する権利があると民法に定められたことになります。
ただし、借主は無条件に修繕権を認められているわけではなく、前述のような場合に限って、修繕権が認められることになります。
借主が修繕権を行使した場合、その修繕費用は最終的には大家さんが負担することになります。
民法では、賃貸物の修繕義務は大家さんの負担と定められており(改正民法606条1項)、借主は、賃借物について賃貸人(大家さん)の負担に属する必要費を支出したときは、大家さんに対し、直ちにその償還を請求できると定めているからです(改正民法608条1項)。
ここで、「賃貸人(大家さん)の負担に属する必要費」とは、賃貸建物を使用収益する上で必要となる修繕費のことです。
保証人からの問い合わせに対する大家さんの情報提供義務
改正民法では、主債務者(借主)の債務の不履行の有無や残額等に関し、保証人から問い合わせがあった場合について、債権者(大家さん)の情報提供義務が新設されました( 改正民法458条の2 )。
具体的には、大家さんは保証人から借主の家賃の支払い状況等について問い合わせを受けた場合には、遅滞なく回答しなければなりません。
なお、情報提供義務がある具体的項目は、以下のとおりです。
一部使用できない場合の賃料減額・解除
現行民法では、借主の責任によらずに賃貸物の一部が使用できなくなったときは、借主は滅失した割合に応じて賃料の減額を請求できるとされています。
しかし、改正民法では、使用及び収益することができなくなった部分の割合に応じて、賃料が当然に減額されるという内容の規定になりました( 改正民法611条1項 )。
また、賃貸物の一部が使用できなくなくなった残存部分のみでは賃借した目的を達成できないときについて、現行民法では借主に責任がないときにのみ借主からの解除が可能としていますが、改正民法では、借主に責任がある場合でも借主からの解除を可能としました( 改正民法611条2項 )。
例えば、賃貸建物のエアコンが故障した場合や、ユニットバスが故障しお風呂を使用できなくなった場合などが該当すると考えられ、このように賃貸建物が一部使用ができなくなった部分については賃料は不発生ということになります。
しかし、どのくらいの賃料が発生しないかについては、当事者間でも意見が異なることが予想され、改正民法が施行された後には、こういったトラブルを生じることが懸念されます。
これを防ぐためには、賃貸借契約書において、エアコンが故障した場合やユニットバスが故障した場合には、いくら賃料を減額するかを予め合意しておくことが考えられます。
敷金と原状回復
改正民法では、退去時の敷金返還や原状回復のルールが明確化されました。
まず、敷金について、定義や敷金返還債務の発生要件、充当関係等が明文化されました( 改正民法622条の2 )。
内容は、これまでの判例や実務における理解に沿ったものです。このため、実務に大きな影響はないと思われます。
また、原状回復については、借主は通常損耗や経年劣化については原状回復義務を負わず、それ以外の損傷については、借主に責任があるときに限り、原状回復義務を負うことが明文化されました( 改正民法621条 )。
ただし、これは任意規定ですので、契約により原状回復義務の範囲を広げることは可能です。これも、これまでの実務を変更するものではありませんので、大きな影響はないと思われます。